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精力がある=エロい?性欲はあるのが普通?

多くの日本人の共通的な暗黙の認識では精力が強いと、いかにも夜の性生活に積極的でエロい事大好きであるかのように思われがちです。
しかし、精力の強さとエロさとは無関係であると断言できますし、ごく一般的にセクハラ発言は人を不快にさせる事はあっても性欲が強くて性生活に積極的である事自体が必ずしも問題になるとは限りません。
そもそも人間自体も生物として、種族の繁栄は本能として存在している訳であり、その本能から性欲という欲求があるので、性欲や精力の強さが問題視されたりエロいと判断されるのはおかしな話です。
問題となる基準についても社会通念に基づいた判断基準や、夫婦間での性生活が行われるペースについての話し合いもしくは思いやりで解決する事が可能です。
同性間であっても映像媒体や本で得た性知識への感想を過剰に話したり夫婦間での性生活を他者へ話してしまうような事を繰り返し行っていればエロいと判断されてしまうこともあるでしょう。
また、変な噂話をされてしまうのも当然であり、社会や自分の周囲へ問題を及ぼす可能性が出てきてしまいます。
そして他者を不快にさせてしまう行為にもつながりますのでやめるべきでもあります。
ただし、夫婦間での性生活が行われるペースについては普通はどのくらいのペースで行われるという基準があいまいであったり、自分が普通であるのだろうかと気になる人ももちろんいるはずです。
あくまでも性生活が行われるペースについてのみ、お互いに第三者へ絶対に情報を漏らさないと約束したうえで話すのは問題では無いと思います。
人間を一つの生物として種族の繁栄の為に精力や性欲が必要だと考える事に抵抗がある方も当然いるとは思います。
妊活や愛情表現として性生活は必要な行為である、このような考え方や表現であれば誰もいやらしいと思わないし、低俗や卑猥であるとは思いません。
あくまで考え方の違いや表現方法、同性や異性を問わず相手に迷惑をかけない配慮が行われるかどうかでエロいと判断されるかどうかが変化するだけであり、性欲などの欲求そのものがわるいわけではありません。
むしろ、子供を望むのであれば性欲は必ず必要ですし、妊娠の確率を上げたりパートナーが性生活で愛情を得られた実感が欲しいと望む場合においては精力はむしろ強い方が良いとも言えます。

問題視される日本の性教育とスウェーデンの性の考え方

日本は恥の文化と言われるように性に対してはいやらしい、卑猥などのネガティブなイメージが持たれがちです。
スウェーデンではむしろ開放的でいやらしいなどの考え方はなく、愛情表現の一種であるという考え方が強く、家庭内で親子の間で性に関する会話が行われるほどです。
そもそも日本とスウェーデンでは国全体の気候や風習、文化の違いなどももちろんあるので根本的な考え方にも当然違いは出てきます。
性教育に対して、日本では主に小学校高学年で性教育の時間が少々行われ中学校の保健体育で生物として人間として性に関する教育が行われますが、スウェーデンでは七歳から性教育が行われます。
教育が行われる年齢の違いというものは意外に重要で、幼い頃からみんな知っている事に対しては人間はみなそれが普通の事なんだと信じる傾向が強く、根本から考えを揺るがす知識に出会わない限りは疑う事すらあまりしません。
そういう意味だけではなく、愛情表現の一種として幼い頃から性教育を行うスウェーデンのやり方は非常に優秀です。
家庭内でも性に関する会話ができるという開放的な環境というのは若者に対する悩みの早期解決にもつながりますので非常に良いと思います。
日本は国全体が性的な事に関してはいやらしいという意識や、特に若者が性行為を行うこと自体を悪事であるかのように考えるのは問題視されても仕方がないです。
性に関する知識そのものが悪いのではなく、あくまで性に関する会話を好まない相手や異性に知られたくない性的な悩みを周囲の明るみに出してしまうのが問題になるだけです。
特に性に関する悩みについては家庭内で両親に相談できたり学校の先生に相談しやすい環境づくりというのは非常に大事です。

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